博多水炊き 蟻月
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蟻月の水炊き

およそ110年前のこと。明治維新から30年後。
幼さのまだぬけきらぬ15歳の少年(身長は150センチ程度であろう…。)が
九州・博多から香港に旅立とうとしていた。
今でいう海外旅行や語学留学とはわけがちがう。1ドル2円の時代である。それほど明治日本は、弱くて小さくて貧しかった。
当時の庶民感覚でいえば、スペースシャトルに乗って月にでも行くぐらいの覚悟があったはず。
 いったいなんのために?────────────。
そう、15歳の少年は、たったひとつのものを学ぶために、
たったひとつのものを得るために、二度と帰れぬかもしれぬ旅に出た。
それは、まだだれも知らぬたったひとつのレシピー(調理法)。

今のように、インターネットで検索すれば、一秒もたたないうちに、洪水のように情報が溢れるわけでもなく、テレビも、その料理番組もどっちの料理ショーもなく、本屋に並ぶ大量の料理本(かんたん鍋レシピー集)もない時代である。
そして、8年後。
ようやく彼は、それを手に入れる。しかし、8年である(驚)。
たったひとつのレシピーのために8年。
ケータイ電話に予想外のテレビがくっつくための研究よりも長く、星飛馬が大リーグボールを完成させるよりも長い試行錯誤があったのである。
これが、中華風の鶏がらスープをアレンジして生まれたといわれる、「博多水炊き」のルーツである。

そして彼は(23歳)、日露戦争・日本海海戦が行われた日本海、ロシアのバルチック艦隊の残骸がまだ残る海を渡って博多へと帰り着いたのである。
彼も思っていたであろう。まさかあの料理が110年の後も伝承され、多くの人々に愛される名物料理になろうとは…。
まさしく、若い、幼い、大人からみれば多分にあやうい冒険的な挑戦が歴史をつくったのである。
しかし8年である。
昔は時代がゆっくりと流れていたと言ってしまえばそれまでであるが、やはり、手間をかけ、時間がかかったものほど長く残れる─────。
ということの見本のようでもある。


それにひきかえ今の日本は、どうであろう。
何かに向かってとにかく前へ出る。
走り続けるというのはよしとしても、
急ぎすぎというか─────。ボールの方向に向けてやたらと走っている、
何も考えずに、とにかく走っているという─────。
オシムも嘆くような、底の浅い行動が多いような気がする。
流行モノは、泡のように消え去るという教訓をバブルで体験しているはずだが、
どうもブームに乗る、とにかく後追いで走り出という習性は、
この絵のように、江戸以前からの習性のようで─────。
とにかく走り出すと、みんな走り出す、そして徒党をなす。
まあ、なかには冷静に、フィールドを見回す漢(おとこ)がいて─────。
たぶん、そんなやつが次世代の主流に─────。

とか、ぶつぶつ言ってるうちに「鶏」を水から煮込んで
アクを取りながら13時間。
さて、そろそろ、何ともいえぬいいにおいがしてきました。
塩をひとつまみ入れて、まずスープを一杯。
うっうぅぅぅん、うめえーーーーーー。
さっぱりとしていながらもコクのある鶏の「うま味」がぎゅっと濃縮されて、
脂分もほどよく、ヘルシーでコラーゲンたっぷり。・
さらに国産のシャッキリ野菜も入れて、おいしいだしぽん酢で、
大分産のゆず胡椒をちょいっと。
ふぅーーふぅーー…嗚呼…しあわせ。
追加のつくねも絶品ですから忘れずに。
しめは、人気の極細屋台風ラーメンか鶏飯にするか?
ワントップにするかツゥトップにするか?あの子にするかこの子にするか?
愛情か安定か?中国かベトナムか?先発か中継ぎか?
妥協か冒険家?結婚か思い出か?
妥協、妥協するのか妥協してしまうのか─────。
などとひとつの鍋の中に小宇宙を見るかの如く

まずは蟻月の自信作、博多水炊きをゆっくりとお楽しみ下さいませ。


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